2024年6月15日土曜日

五感で楽しむ光太郎ライフ、大盛況でした

「五感で楽しむ光太郎ライフ」

のイベント、お陰様で大盛況でした。

朝から太田地区振興会の皆さんと打ち合わせしながら準備を進め、スタッフ一同連携プレーで乗り切る事ができました。ありがとうございます。

100食以上のお弁当を作って下さったTOMさんの佐々木シェフ、本当にありがとうございます。

参加いただいた皆さんとても美味しいと評判でした。

さて、中身も大変充実しており、太田小学校長の藤田先生より、太田小学校の児童の光太郎についての学習の取り組み、そして高学年の掃除のボランティアなどを聞き、改めて素晴らしい活動をしていると、感心いたしました。

いつもは低学年、2年生が高村祭に参加してくださり、光太郎の詩、「案内」を朗読してくださるのです。それがとっても可愛くて立派なのです。


今回はビデオでしたが、各学年それぞれの取り組みを見せていただき、会場内の皆さんとても感心しておられました。

次は本当の?児童の皆さん、会場に来ていただきあの詩の朗読をお聞きしたいですね。

テーブルを用意しましたので皆さんゆったりと、講演を聞く事が出来ました。
県立花巻南高校の皆さんは、文芸部と、家庭クラブの皆さんの発表でした。

文芸部の皆さんとは前回の私たちのイベントに参加し、光太郎に興味を持っていただき、そこから今回の発表の企画に参加いただくことになりました。若い世代の詩、俳句、短歌などの取り組み、また卒業生でもあり教師でもあった賢治の妹のトシの言葉などを発表して下さいました。
詩の朗読も素晴らしかった、と参加者からのご意見もありました。

今回のイベントで1番目を引いたのが、家庭科クラブの、智恵子のエプロン再現の取り組みでした。
生地や柄にも注目して調べ、同じくらいの身長の生徒さんがモデルになり、エプロンをつけての登場は会場からも「おー」という声でした。
智恵子が酒屋の娘であったことから、酒袋を使って作ったのでは?ということで、実際その生地を使用しての作品でした。

環境アドバイザーの望月さんからは

高村光太郎記念館のそばにあり、光太郎も毎日のように眺めていた山口山の素晴らしさ、里山でこんなに近くに手付かずの森があるのは大変珍しい事、との事。

岩手大学の学生とともに調査した内容の報告があり沢山の動植物の宝庫であるとの事。

是非皆さん理解をして守って欲しいと話されました。

メニューは、やつかのもりとTomさんの佐々木シェフと話し合い実現しました。

本当に感謝です♪

また、デザートのケーキとコーヒーは、私達やつかのもりの提供です。コーヒーはボランティアのみなさんにひきたてのコーヒーを入れていただきました。

若干、会場内がエアコンが効きすぎて、寒かった方もいらしたそうです。

熱いコーヒーは美味しかったとか。動き回っている私たちが気づかず、今後の課題でした。

千葉からいらしたら小山先生、ありがとうございます。

光太郎ゆかりの、東京中野にある、中西さんのアトリエ保存の事もお話下さり、会場の皆さんにお願いすることも出来ました。

みなさんとはまた、イベントが出来たらおあいしたいですね。

参加していただいた皆様本当にありがとうございました。


2024年6月7日金曜日

季節が変わる時

 

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6月1日に東北地方のみですが、NHKで光太郎が住んだ東京の中野のアトリエ保存の事で東京の連翹忌から始まり、福島、岩手、青森とリレーのような感じで放送がありました。

岩手では私達やつかのもりllcの活動を、代表して井形が出演しました。👏

少しずつですが、多くの方に理解していただいているような気がします


山荘から、詩碑に行く付近のエゴの木です。

もうもう終わりに近いのですが、この木は小さな白い花がたくさん付きそこがエゴの花のカーテンのようになり素敵なお気に入りの場所でした。散る花のお掃除も楽しかったです。

良い季節ですからぜひお出かけください

もしかして、山荘にくる途中のみちで、くわのみもみれるかもしれませんね。

どちらの実も鳥が好きなのですから色々なとりの鳴き声も聞くことが出来ます。光太郎は、この鳥の鳴き声を季節が変わる事と重ねています、日記にそれぞれの鳥が鳴くことを、きちんと書いてます。楽しみだった事でしょう。

光太郎を知る会でいつもお世話になっているAさんの家の前に今回こんな素敵に飾ってありました。パクチーと言っていました。

最近は光太郎がこちらに来てから読売文学賞を受賞した「典型」の朗読にも力を入れてます。


そしていよいよ明後日になりましたイベント、発表者の方々も準備が整ったようです。

お弁当は勿論、私達やつかのもり提供のスイーツとコーヒー楽しみにしてくださいね。

お会いできる事を楽しみにしています

2024年5月29日水曜日

満席となりました。

いつも当ブログに訪問くださりありがとうございます。

来月6月9日に開催されます光太郎のイベント、本日おかげさまで100人満席となりました。

大変ありがとうございます。

当日皆様とお会いできることを楽しみにしております。ありがとうございました。 

より良いイベントになるよう私達やつかのもりllcも微力ながらお手伝いさせていただきます。

2024年5月20日月曜日

小さな高村祭

いつも、当ブログに訪問下さりありがとうございます。花巻も今、田植えが盛んです。

5月は光太郎が昭和20年に、花巻に疎開してきた月です。

15日に東京を出発し、16日花巻に到着したようです。

光太郎ファンの有志の方々で、光太郎が疎開記念日と決めて賢治の実家にご挨拶に行っていた日ですから、光太郎を偲んで山荘近くの「雪白くつめり」の詩碑の前で好きな詩を朗読しました。

山荘は緑にあふれ、光太郎の大好きな季節です。


自宅の花を持ち寄り、ファンの方がいつも飾ってみているという光太郎の写真も飾りました。


60年以上も続いていた高村祭には及びませんが、光太郎に親しみ、偲ぶ気持ちに大きさはありませんね。

皆さん朗読が素晴らしく上手なんです。

今度どこかでご披露していただきたいものだ、と思いました。

「田植え急調子」

「ぼろぼろな駝鳥」

「山からの贈り物」

「案内」

「同棲同類」

「雪白く積めり」

「月にぬれた手」

皆さんはどの詩がお好きでしょうか?


きっと光太郎も花巻に特別なファンがいることを知り喜んで下さったと思います。
 

2024年5月8日水曜日

食のイベントに参加です

いつも当ブログを訪問して下さりありがとうございます。

前のブログからの更新、又遅れてしまいました。あっという間の1か月でした。

私達が食のイベントに参加する為に、沢山の話し合いをし、全員の試食会も2回、練りに練ったお弁当作りに参加しました。

花巻市東和町土澤でアートクラフトフェアが開催されました。なんと300店以上の参加者がある大イベントです。

お天気にも恵まれ沢山の人で賑わいました。

いつもお世話になっている。ワンデイシェフのお弁当作りです。↑の写真の外の植栽のお花も素敵なんですよ。

スタッフの,sakiさん、おにぎりの握り方が素晴らしくて、つい写真をパチリ、小さな小人さんが沢山!!かわいくっておいしそう。

光太郎が疎開してきた時、花巻の白米がおいしくてつい食べ過ぎてしまう。と言ってます。

本当に美味しかったのでしょう、今も花巻のお米はおいしいですよ

さて、1日目はお弁当110食、ここに半分お弁当を並べて詰めていきます。

まづ、此処までにするのが大変!お米係は(おこわも)5時起きです。食材を買う量がもう大変な量ですから、ここに届けてそれから食材を量ってカットして下茹でして、普段のレストランや食堂、ホテルや旅館の厨房の方の凄さやご苦労ががわかりました。

1つ1つ、間違いがないか点検しながら詰めていきます。

光太郎は食事は食べる前にまず眺めて目で楽しむ、それから味わうと言ってます。彩も大事なことですね。

土澤駅は釜石線です。今は無人駅になってしまいましたが、この日は沢山の人が乗車してきました。光太郎が釜石線に乗って土澤に来たという記録はないのですが、ここ東和町はホームスパンの染色家として知られる及川全三の住居や工房のある所で、及川全三は光太郎とも交流があった人です。日記も数年抜けていますので、もしかしたらいらしていたかも、なんて想像してしまいます。


1日目のお弁当です。お店をオープンしてなんと45分で完売しました。

嬉しい悲鳴です。いらしたお客様、本当にありがとうございます。

つづく

 

2024年4月8日月曜日

春がやってきた。

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連翹忌は桜が満開だったようですね。染井霊園の桜も見事ですね。

きのう、こちらでも(岩手県花巻市)桜が咲き始めました。

マルカンから市役所にいく坂道の街路樹が夜桜ですが咲き始めてきれいでした。光太郎の住んだ、太田村山口にあった

「山口小学校」の校庭は八重桜の大変美しいところでした。

咲く時期が、少し遅いのですが5月の連休のころ、運動会にみごとな桜吹雪だったのを遥か昔?乙女だったころの記憶です。友人宅を訪ねたときに見たことがあり、桜の美しかった事、鮮明に蘇ります。

今年の連翹忌、残念ながら私は参加できませんでした。

やつかのもりの職員は代表で数人行ってもらいました。花巻を出発するときからアクシデント続きだったようで、写真は余りありません、雰囲気は例年とおり、いつものお団子が好評だったようです。茶色いおだんごは「キリセンショ」という花巻独特の郷土スイーツです。美味しいんですよ。

来年はぜひ参加したいものです。


松本楼のバイキング、食べたかったです。

おいしそう!

さて、3月からワンデイシェフも復活しております。

久々のランチ作りです。

みんな肝っ玉が大きいので、今回も大盤振る舞いです。

特にこのデザート、食事代1000円に入りきらない量でした。

久々でしたが腕を振るわせていただきましたので、バッチリおいしいおもてなしが出来ました。

春は、バッケ(フキノトウ)の薫りが主役です

ご飯に添えたばっけ味噌、茶わん蒸しに入れたバッケは春の香りがしましたよ。

光太郎も春の味を楽しんでいます。

茶わん蒸しにバッケを入れるのは光太郎のアイデアです。さすがですね



3月の光太郎ランチ、紹介しそびれてました。

メニュー表や箸袋もやつかのもりLLCで頑張っています。

お近くの方、花巻西南道の駅で毎月15日販売です。全部手作りのお弁当ですよ。

是非食べて見て下さい。


     やつかのもりLLC         e-mail       kotarocafe30@gmail.com




 

2024年3月8日金曜日

ビックイベント その2

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あっという間に3月。
こちらも3月に入ってからドカ雪が降ったり、芽を出した福寿草等が見えなくなりました。

さて、去る2月23日、バレンタインコンサートが市内の「ココ・タベルバ・ラパン」にて、「智恵子抄」の朗読と「フルートのコンサート」がありました。私達やつかのもり合同会社も協力させていただきました。

花巻在住のフルート奏者である牧野詩織さんとピアノ奏者の菅原智恵子さんの演奏は勿論、朗読の時のバックミュージックが流れたりステキな演出でした。
中々こんな近くで演奏は聴けませんから、素敵な機会に恵まれました。

朗読の牧野幹さんは、賢治の朗読では有名な方です。「知る会」のメンバーでもあります

今回は光太郎の「智恵子抄」に挑戦して下さり、

樹下の二人

あどけない話

風にのる智恵子

レモン哀歌

松庵寺

もしも智恵子が

案内

の詩をそして、茨木のり子の「智恵子と生きた」-高村光太郎の生涯―の中の文章を添えて朗読して下さいました。

皆さんもうっとり聞き入っていました。
大変盛況で、予約でチケットは完売でした。

ここ、ラパンさんはカフェですから、お茶とスィーツ付のコンサートです

せっかくですから、私達も光太郎と智恵子のなれそめを少し紹介させていただき、



 受付や販売、ホールスタッフなどを手伝わせていただきました。

お客様からとっても良かった。又開催してください。等のお言葉をいただき、

私達も光太郎の詩に浸ることが出来、いい1日でした。

2024年2月25日日曜日

ビックイベントその1

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私たちの小さな、小さな光太郎の顕彰活動が少しづつ目にとまり、2月は2回もお話させていただくことが出来ました。

2月16日、岩手県立花巻南高校で「高教研国語部会中部支部」よりご依頼があり、

「こうたろう散歩道ー山小屋暮らしの高村光太郎。」

と題しまして講演させていただきました。

現役の高校の国語の先生にお話しを、という課題は私達にはなかなか、ない事です。まして1時間以上のお時間をいただきまして、頭を悩ましました。

出来る事を、という事でみんなで講演の合間に寸劇も入れました。

光太郎がお茶を入れる時に水にこだわり泉に水を汲みに行き、

いつも野菜や豆をいただく村人と会話を楽しみ、当時村では珍しいコーヒーをご馳走したり、

行事のたびにお餅や赤飯をいただき、野菜作りの師匠からコツを聞き

お礼に雑誌やお菓子を用意している光太郎、当時珍しいものばかりでした。

皆さん自分の家族が残した昭和の衣装を探しての熱演です

私たちの1番若手のホープは、分教場の女先生です

手紙や荷物を山小屋迄届けてくれたり、光太郎が方言の詩を書いて、この先生になおしてもらいました

分教場時代に教員をしながら光太郎のお世話をした、佐藤勝治先生役、私たちの代表です。

前日のリハーサルが都合わるく、ぶっつけ本番でしたが、何とか危機を乗り越えました。

盛岡から吉田幾世が婦人之友社より、光太郎の様子を見てくるように、と依頼されます

光太郎の大好きな牛鍋の食糧を持って5キロの山道を歩いてきます。

そこを勝治先生は光太郎の体を気遣って合わせてくれません。

問答の末、許してくれるという場面。

ちょっと緊張して声が小さかったかもしれませんが、何とか無事勤めました。

これも私たちのみんなの力です。

光太郎を愛し、そして教えを守り続けている、山口地区の皆さん
1年の行事として60年以上も取り組んで来た事も紹介させていただきました。

最期に高村山荘の横にある詩碑の

「雪白く積めり」を朗読して、幕を閉じました。

この詩は初めてという先生もいらして、これを選んでよかった、と思いました。

いつも、生徒に国語を教えている先生方に何をお話ししよう?と悩みましたが、私たちの知っている光太郎の姿が1番と思い紹介させていただきました。

中部だけで15校あるそうです、ありがとうございました。




 

2024年2月10日土曜日

光太郎の山小屋(厳冬篇)

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2月になりましたが、いつもは雪に埋もれてスキー大会など開催される月ですが、ご覧のように雪は全くありません。降っても春の雪のようにすぐ消えてしまいます。朝は零下5度ぐらいに冷える日もありますが、日中の気温が高く、白鳥さんには居心地が良いのでしょうか?青く見える所は麦畑のようです。

先日首都圏などが雪が降って大変な様子を見ましたが、こちらは晴れでした。

70年以上前の太田村の2月の光太郎のある日です。

もう2月になりましたが、いよいよ寒波が来て、1月29日には最低気温零下20度になりました。それ以来ずっと零下の日が続いています。しかし氷がつよく張るだけで小生のからだには大して感じません。綿入着物にいつかのドテラを引っかけています。雪の中はツマゴを穿いて歩きます。此の頃は月が雲の上にあるので夜もうす明るく煙ったように吹雪が吹きしきる景色は実に見事です。入り口の引戸は夜になると凍りついて中々開きません。急須の蓋も凍りついて、湯を上からかけないととれません。何でも皆1度づつ温めてから使います。火はまことにありがたいもので太古の人が火を神聖視していたわけがしみじみわかります。

2月3日付茨城県取手町の宮崎稔宛の手紙から抜粋(筑摩書房高村光太郎全集より)

零下20度という寒さは、私は体験したことはありませんが、冷える時は暖房を強くしてもどこか冷え冷えとして、朝、会う人々に今日は冷えたねが合言葉になります。

今年はわが地方はまだ零下2桁になっていません。

光太郎の住まいは、囲炉裏をコタツにしていたようですが、急須の蓋も凍るとは、現在では外にいるのと同じですね。

吹雪の雪が積もった雪の上を舞うのが美しいと手紙や日記に書いていますが、東京育ちの光太郎には自然のすべてが美しく感じ、又その表現がさすが芸術家と思うことが沢山あります。軒雫の音や、開拓の屋根から上る朝炊きの煙あおくたなびく様子とか、日記や書簡を読みますと、その都度発見しております。




 

2024年1月24日水曜日

冬も変わらず


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今年は雪が少なく晴天に恵まれて、この日は早池峰山がくっきり美しい姿を見せました。

光太郎は住んだ太田村山口地区の丘の上に行って、この早池峰を眺めたようです。

さて、先日光太郎が住んだ山口地区の皆さんから出前講座の申し込みがあり、光太郎のハイカラ料理の講習会をしてきました。
皆さん高村祭などには大変なご協力をいただいている方々です。

メニューは
アンチョビサンド
鶏もも肉のマスタード焼
ボストンビーンズ
かぼちゃのポタージュ
シュークルート
黒豆ゼリー胡麻かけ
カフェドシトロン


左がボストンビーズ、右がシュークルートです。
今ネットの時代ですからいろいろな作り方が出てきますが、何度も試してこの味がおいしいという事になって、この2品は私たちが光太郎の日記から想像してできたレシピ皆さんお料理はお手の物で手際よくあっという間につくりました。
美味しくお腹いっぱいで、調味料から工夫した手作り料理は大好評でした。



こちらは夾纈(きょうけち)染の講習に行ってきました。
1つとして同じ模様がなく中々楽しいものでした
花巻の東和町では成島和紙というものがあり、今もこの和紙を使ってイベントがあるようです。
光太郎が頂いたサンドウィッチを包んだこの染の紙に、詩を書いてお返したものを企画展で拝見し、是非やってみたいと思っていましたら、近くに知っている方がおり、お願いしたら小さい講習会をして下さいました。bookカバーや箱に貼ったりノートの表紙に広がります。
ひねっても詩は書けませんので。
こちらは、15日の光太郎ランチです。道の駅花巻西南で販売しております。

毎月箸袋と光太郎の豆知識は私達やつかのもりの手作りです。
毎月のお料理「ミレットキッチン花」さんありがとうございます。