2024年2月10日土曜日

光太郎の山小屋(厳冬篇)

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2月になりましたが、いつもは雪に埋もれてスキー大会など開催される月ですが、ご覧のように雪は全くありません。降っても春の雪のようにすぐ消えてしまいます。朝は零下5度ぐらいに冷える日もありますが、日中の気温が高く、白鳥さんには居心地が良いのでしょうか?青く見える所は麦畑のようです。

先日首都圏などが雪が降って大変な様子を見ましたが、こちらは晴れでした。

70年以上前の太田村の2月の光太郎のある日です。

もう2月になりましたが、いよいよ寒波が来て、1月29日には最低気温零下20度になりました。それ以来ずっと零下の日が続いています。しかし氷がつよく張るだけで小生のからだには大して感じません。綿入着物にいつかのドテラを引っかけています。雪の中はツマゴを穿いて歩きます。此の頃は月が雲の上にあるので夜もうす明るく煙ったように吹雪が吹きしきる景色は実に見事です。入り口の引戸は夜になると凍りついて中々開きません。急須の蓋も凍りついて、湯を上からかけないととれません。何でも皆1度づつ温めてから使います。火はまことにありがたいもので太古の人が火を神聖視していたわけがしみじみわかります。

2月3日付茨城県取手町の宮崎稔宛の手紙から抜粋(筑摩書房高村光太郎全集より)

零下20度という寒さは、私は体験したことはありませんが、冷える時は暖房を強くしてもどこか冷え冷えとして、朝、会う人々に今日は冷えたねが合言葉になります。

今年はわが地方はまだ零下2桁になっていません。

光太郎の住まいは、囲炉裏をコタツにしていたようですが、急須の蓋も凍るとは、現在では外にいるのと同じですね。

吹雪の雪が積もった雪の上を舞うのが美しいと手紙や日記に書いていますが、東京育ちの光太郎には自然のすべてが美しく感じ、又その表現がさすが芸術家と思うことが沢山あります。軒雫の音や、開拓の屋根から上る朝炊きの煙あおくたなびく様子とか、日記や書簡を読みますと、その都度発見しております。




 

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