2023年7月6日木曜日

女性わかくさ学級

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6月下旬に花巻市の講座「わかくさ女性学級」の移動研修にやつかのもりLLCを指名していただき、未熟ながら

「光太郎と食、藤原嘉藤治とのかかわり」というテーマで参加させて頂きました。

コースは桜町の賢治詩碑、この詩碑が光太郎の揮毫である事、またなぜ東京生まれの光太郎が花巻に来たか、などを簡単に説明させて頂きました

次は勿論、高村光太郎記念館へ

中のコースと外のコースに別れて、詩碑や山荘、展望台まで歩いてみました。

皆さん熱心に聞いてくださるので案内も少し緊張しました。

お昼は矢巾町にある、くるみアパートの「ToM」さんへ。

若くて美人のシェフは花巻の方です。

光太郎がよく小麦粉やそば粉でパンケーキを作っていたことから、ガレットを中心に食事を作って頂きました。やつかのメンバーの作った食材や調味料を届け、より光太郎に近づけたつもり?です。

デザートのくるみもとても美味しかったです。

写真は前後しますが、山荘の中の写真が第1展示室の映像にあり、これだけ物があって来客が座る場所も難しかった様子や、空の缶など見てコーヒーやお茶の想像するのは楽しいです。彫刻の刻印の事など伝わりましたかね
詩碑も丁寧にご説明しましたが、、、

美味しいガレットなどをデザートといただき次は、紫波町のビューガーデンです。

瀬川さんが2000年にここに展示施設をを兼ねて作った庭園ですが、お隣が藤原嘉藤治の自宅兼開拓の畑でした。現在はお孫さんの代の様で。ここのオーナー瀬川さんという女性が中心になり、嘉藤治さんの研究を始めたそうで、たくさんの研究資料があり快くお話を聞かせていただけました。


 光太郎もこの場所を訪れて、ここは天然の舞台、とほめたそうです。

瀬川さん、楽しいお話をありがとうございました。また、コラボることがあったら楽しいことでしょう

ありがとうございました。

今日の緊張を明日に繋げらまた楽しくガイドをができるよう精進したいとおもいます。

2023年7月1日土曜日

盛岡スコーレ高校訪問

昨日雨の中花巻市職員の方々と千葉県からいらした小山先生と盛岡にあるスコーレ高校を訪問してきました。

授業中にもかかわらず理事長、校長、副校長の皆様が快く案内して頂きました。

東京の自由学園の流れをくんでいる高校です。この学校を創立した吉田幾世さんが高村光太郎と交流があり、卒業式にも参加して祝辞を述べているようです。

光太郎は若い人を応援支援する事をここ花巻に来てから沢山しています。

これからの時代を背負う若者にエールを惜しみませんでした。

ホームスパンで有名な及川全三をこの学校に紹介したのも光太郎です。

現在も選択科目として授業を続けているそうです。

お部屋にはこんな可愛いワンチャンも飾ってあり、生徒の作品はみな大事に飾ってありました。
教育の自由と感動がモットーの様です。
野菜を作り、料理、は勿論加工食品なども学習しています。
校長のご主人が何十年も少年刑務所に奉仕に通い、

「心はいつでも新しく」

という言葉を染めたタペストリーを頂いたそうです。

これは光太郎が盛岡少年刑務所に送った言葉です。

お忙しい中、沢山の資料も見せていただきありがとうございました。



2023年6月24日土曜日

色々報告

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ワンデイシェフ大食堂が大好評でしたので、来月7月27日にまたこうたろうカフェをする事に決まりました。

また職員一同頑張りますので、是非いらして下さい。

ブログの更新をサボっているうちに沢山の報告があります。

ワンデイシェフもそうですが、私達が資料を提供しているミレットキッチン花さんによる毎月15日の光太郎ランチ。

今回も盛りだくさんで頂きました。

6月はバラが素敵なので一緒に飾ってみました。

そして明日25日

浜ちゃんのイベントが道の駅で開催されます。東北大震災で被災し、気仙沼から娘さんの住む花巻に来て、お魚の商売をされている畠山さんご夫婦です

私達やつかのもりも多少ですがお手伝い方々イベントを盛り上げたいと思っていますのでお近くの方、是非ご来店下さい

美味しいものが沢山ありますよ。。

そしてこちらはビックリというか、信じられない事です。

4月2日の東京での連翹忌でお会いした西浦氏の訃報を聞き只々ビックリしています。

東京では私達の活動を支援してくださり、励ましのお言葉も頂き感謝しております

ご冥福をお祈りいたします。

西浦氏の光太郎の本ははなまき西南みちの駅で特価で販売しています。よろしくお願いします。


さて、次は梅、

今年は梅の出来がいいのか、そっちこっちから梅をいただきます。

私はジュースにしましたが、山荘の前に梅の木がありました。ちょっと日陰でしたが花も綺麗です。光太郎も見たり、梅の実をどうしたのかな?と想像したり。実際に山荘には梅漬けがあったのですが、光太郎が漬けたというものではなかったようです。現在は鉢はありますが中身はありません。

自宅のラベンダーを摘みました。

明日のイベントに来てくださった方に先着で差し上げたいと思います。

お近くの方是非いらして下さい。
 

2023年6月16日金曜日

ワンデイシェフ大食堂6月

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月日の経つのは早く、また大食堂シェフの日が来てしまいました。

入り口と窓側に素敵な花がたくさん植ってあるのがお世話になっている東和町のワンデイシェフ大食堂です。

春早くから常に色々な花が咲くように植栽されているようです。

さて、今回も光太郎が食べた食材を元に研究心と探求心に余念がないグループですので、日夜会議(主にLINEですが)を続け、昨日に漕ぎ着けました。

今回市の講座の予約が入り、既に満杯状態でしたが、更に時間をずらし36人分のお客様をお迎えする事が出来ました。

ありがとうございます。

朝、到着した時に既に完売の看板。

嬉しい悲鳴です。

朝取りミズなどの食材は大変皆様に喜んでいただけました。

後日、少し詳しくご報告いたします。
 

2023年5月29日月曜日

ワンデイ大食堂初出店

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去る5月16日花巻市東和町にあるワンデイシェフ大食堂にて、私たちやつかのもりが出店しました。

お料理はこんな感じです。

美味しかった.とお褒めの言葉をいただきました。ありがとうございます。

随分前からあーでもないこーでもないと毎回協議してやっと辿り着きました。

デザートは、勿論光太郎の、散文、「珈琲館より」に書かれている「カフエドシトロン」です。ブルーベリーも私達が収穫して、ジャムも作っておいた物です。
毎回全部ではありませんが主に、光太郎が食べたであろう、食材を使います。調理はもう進化し過ぎていますから茹でて焼くだけではなく、電化製品やガスなどを駆使し、きれいに切ったり並べたり、食べたくなるような演出も必要ですので、何度も試作をしました。

季節感を大事にしたいのでなるべく地元の食品を使いたいのですが、これが苦労します。少し季節がずれると手に入らなかったり、光太郎の時代に身近にある食べ物が現在と変わって来ましたから。


 それでも、ホロホロと呼ぶウコギの芽や、わらびの和物にするわらびとかみんなで手分けして取りに行ったりして材料を調達しました。

当日うまく調理をしてお客様に出せるか心配でしたがまずますの滑り出しと思います。

次回は6月15日です。是非予約していらして下さい。

2023年5月17日水曜日

高村祭その後

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こちらも(花巻)田植えが始まり五月晴れの良いお天気です。

光太郎が山口に住んでいる頃は、今のような田植え機械やビニールハウスなど便利なものはありません。

昔は雪が消えてから、田んぼに種をまき、その種が早苗になってから田んぼに手で1つ1つ植えるのですから、苗が成長するまで時間が掛かり、田植えが今のように5月には出来なかったのです。

光太郎が山口に入った21年の年は畑仕事を頑張りすぎて、腕にばい菌が入り5月中旬から6月7月の中旬まで日記の記載がありませんので田植えの様子は分かりませんが、筑摩書房高村光太郎全集には

翌年の22年は6月14日に

小屋前(光太郎の住んでいる周辺は駿河重次郎氏の土地でした)の田をスルガさんのむすこさん馬を使ってならしている

6月15日

花巻の賢治子供の会の連中(20人余り)來る略

小屋前で一同田植えの連中に向かって唱歌をうたう略

とあり、現在より1か月田植えが遅かったようです。

光太郎が東京を発って花巻に向かったことを記念して毎年5月15日には高村祭を開催しておりました。残念ながら今年も見送られました。

30年以上前に高村祭記念講演集として出版された本です。

高村祭を始めたのが昭和33年ですから、今年で65年になります。


当時の事務局長でした浅沼氏が由来などを書いていますが、当時太田地区は全戸挙げて参列し1500人の人が参集した。との事。太田9つの部落から寄せられた餅まき、山菜弁当、神楽舞、踊り、数々の祝賀の郷土芸能等あって、まことににぎやかな山の広場となり、高村先生を偲ぶにふさわしい楽しい祭りに、参集の皆さんの喜びも非常に大きかった。

と綴ってあります。

以前は6月だった田植えですが、現在は5月15日は1番の田植え時です。

地元の山口の方は全戸農作業を休み、高村祭を開催するためにあらゆる協力をされてきました。ここに残した光太郎の偉業を忘れずに現在まで残して下さっているのも山口地区の皆さんの努力のたまものと思います。


その5月15日2023年光太郎ランチです。

おいしくいただきました。

ミレットキッチン花さんありがとうございます。



 

2023年4月26日水曜日

ホロホロコと春蘭

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東北も急ぎ足で春がやってきて、桜はあっという間でした。

野山は色々な植物が芽生えて、日に日に姿を変え、光太郎も春を大いに楽しんだ事でしょう。

さて、昭和21年4月の日記に

「朝食前スルガさんの若夫人、ホロホロコと此の辺で称する花芽の原物とうでたものとを持っ

てきてくれる。ホロホロコといふのはニワトコに似たもの也。」

次の日

「ウコギの花も見える(ホロホロなり)」

(写真は友人宅の庭から採取したウコギの新芽と取った枝です。結構鋭い棘があります。)

ホロホロコと(コ)を付けるのは方言です。かわいい小さいものによく付きますね。

         

光太郎は、

「山腹にてホロホロの大きな樹を発見、いっぱいついている花蕾を採取、略、ホロホロを熱湯でざっとうで、かつぶしをかけて醤油でくふ、甚だ美味。」

「夕方ホロホロの花蕾採取、略、春蘭の花も見つける。略、ホロホロのバタいため、美味。」

など光太郎はホロホロコが気に入ったようですね。光太郎の小屋の前を通って、ワラビなどの山菜を取りに山に入っていく村人が多かったようで、

「老婆からいろんなことをきく、略ホロホロの木は煮て甘皮をはぐと白き材が出て、きれいな箸が出来るといふ。木を10本ばかり持ってゐる。」

確かに木は白いですね


           画像はネットからお借りしました

ウコギは、葉の若葉を食べるので、少し苦みがあって、この辺では春の食として欠かせないホロホロと言って熱湯で茹でて、遠くから花が見えるものではありません。棘が鋭いので枝を老婆たちが持って帰るのも違う木のような気がします。

光太郎がほろほろと言ってウコギの木と思ったのは、このミツバウツギではないかと思いました。コメノキともいうようです。ウツギと言ってもウツギに似ていてウツギの仲間ではないそうです。

花巻では春の食としてホロホロをたべます。熱湯でさっと茹でて刻み、味噌大根と胡桃のきざみをウコギと和えて、ご飯にかけて楽しみます。少し苦みがありますが、それが山菜の苦みのようでおいしいです。

光太郎が友人に手紙で、ホロホロの蕾の美味しいことを伝えています。そんなホロホロ、同じ味なのか是非食べてみたいですね。これは調べたいものの1つです。

ウコギのような苦みがなく水にさらさなくてもいいようです。今度地元の方に聞いてみようと思います。





 春蘭、これも画像はネットからお借りしました。

春蘭は旧記念館の方などに以前は普通に咲いていましたが。展望台などの道路が整備され少なくなったような気がします。余り日の当たらないところにひっそり咲きますね。

光太郎の住んだ場所で同じ植物を見れるのは同じ感動があるようでうれしいことです。

「」は筑波書房高村光太郎全集より。

2023年4月16日日曜日

植物と4月の光太郎ランチ

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こちらも桜が早くも散り、光太郎の住んだ山里も花が咲く季節になりました

今年はNHKの朝ドラが牧野富太郎の生涯のようですね。

光太郎もここ花巻に住んでから、沢山の植物を目にし山野草にも興味を持たれたようです。

勿論食べられるかという目的もあったかと思われますが自然の花の美しさは芸術家の光太郎の心をつかんだことでしょう。

今年1年日記や書簡などを調べながら光太郎と植物にもスポットを当ててブログを書いていきたいと思います。

このカタクリの花は現在地元の太田振興会の皆さんで昔のようにカタクリの里にしようという事で取り組んでいる事業の1つです。

光太郎が住んでいる頃は近くのお稲荷さん御境内に沢山生えていたようです。

キバナノアマナ

普段見過ごしていたようです。

キクザキイチゲは沢山咲いていました。見事ですよ。

昭和22年4月10日の日記に(筑摩書房高村光太郎全集)

略 郵便物。竹之内静雄さんからマキノ「植物図鑑」

と書いてあります。図鑑を片手に散歩する光太郎の姿を想像する事が出来ますね

記念館でも展示して下さると見れるのですけど、光太郎が手元に置いていたようですから保存状態はどんなでしょうね。


こちらはミレットキッチン花さんの光太郎ランチです

4月のランチでした。おむすびは稗と麦入りです。

光太郎のころはイカやニシンは豊富のようでしたが、今食品がなンでも値上がりして大変ですね。

ありがとうございます。

私達の方は、キクザキイチゲの花の箸入れでした。
 

やつかのもりLLC

2023年4月6日木曜日

連翹忌イン東京

岩手で、詩碑前祭に出席してから、新幹線に乗ってやってきました。

日比谷の松本楼、4年ぶりです。今回はやつかのもりLLCのメンバー7人で出席でした。

主催者の小山氏、和服姿でした。お似合いです。

写真と連翹の花と、ビールも忘れずにお供えしました。

花巻市からは、副市長が出席でご挨拶です。

左は、わが代表藤原氏です。

この日は、高村光太郎の弟の豊周氏のお孫さんであられる、写真家の達氏に

東北限定で発売された光太郎の記念切手を贈呈いたしました。

とても喜んで下さり、私たちも嬉しかったです。

中身の説明なども。
この後、スピーチや演奏はどんどん続くのですが、

中でも渡辺えりさんのスピーチは絶好調です。

沢山お写真を持参なさり色々お話をしてくださいました。小山先生は時間が無くなると心配のご様子。

今回はえりさんの弟の方もご一緒でした。

お姉さまの言葉にに終始うなずいている感じでした。全部言って下さるので笑



声楽家の清水邦子さんの歌声も素晴らしく

智恵子抄を歌ってくださいました。

伴奏のピアニストの朝岡さんはもちろん素敵で、あっという間の時間でした。

手作りのお団子を、皆さんことのほか喜んで下さり、いろいろなお話を伺う事が出来とても楽しい夕べでした。

連翹忌でお会いした皆さま、本当にありがとうございました。

是非岩手の方にも足をお運びください。

主催者の小山先生、ありがとうございました。そしてお疲れさまでした。


2023年4月3日月曜日

岩手県花巻市太田山口地区の連翹忌

4月2日は高村光太郎の命日、連翹忌です。

ここ花巻市の太田山口は光太郎の生活した場所です。

現在高村光太郎記念館や高村山荘などがある場所です。

山口地区の皆さんは、家族や地区の先輩の方々から光太郎の言葉、そしてこの地を訪れる光太郎ファンの方々の思いを素直に受け止め、この地区に残した数々光太郎の教えを守り、また、地区に光太郎の功績や願いを残すべき沢山の事を60年以上続けられた方々です。

その方々が中心になり、きれいに清掃してくださりこの日の準備をしてきました。
今年は随分雪が解け花も咲きました。
遺髭を埋蔵したという「雪白く積めり」の詩碑の前で、献花をし、出席者全員で詩を読みます。朝は冷えますが、すがすがしいほどの晴天です。
毎年欠かさず連翹忌はしています。今年は久々お天気も良く地区の皆さんでの連翹忌です。
今年はこちらも暖かく、連翹の花も咲きました。
そして沢山光太郎の詩を朗読しながら、ここでの光太郎の生活を偲びます。

里山にも春の音連れです。

カタクリの花が咲き始めました。

太田地区の皆さんでここをカタクリやお花の里にすべき取り組みもなさっています。

毎年花の咲くのが楽しみです。

次回は東京での連翹忌を報告します。