2024年1月4日木曜日

あけましておめでとうございます


 あけましておめでとうございます

いつも当ブログに訪問くださりありがとうございます。

今年は年明けから地震や事故での幕開けでした。被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げると同時に1日も早い復興、回復なされる事を祈ってやみません。

昨年は食を中心に高村光太郎の岩手での暮らしや教えを顕彰すべき活動をして来ました。

中でも花巻市東和町にある「ワンデイシェフ大食堂」での取り組みは私たちの新しい活動でした。オーナーやスタッフさんの強力な支援で月1度、5月から11月迄7ヶ月、沢山の方々に来店していただきました。来店して下さった方、本当にありがとうございます

光太郎の食べたであろう食材をふんだんに使って提供しました。

3月から又始める予定です。それまで冬眠しながらレシピを研究します。もう少々お待ちください。

また、はなまき西南道の駅では光太郎コーナーを作り、光太郎の本や雑貨を手に取って見ていただけるよう1年通し工夫しながら現在も続けています。

陶器は光太郎の詩や言葉を入れて、花巻の陶芸家の作品を飾っています。上の段のファイルや本は私達の活動です。

気に入って購入していただけると嬉しいです。

こちらはレモンキャンディ

光太郎と智恵子のイラストが素敵でしょう!

童話村の森の店っこや

マルカン1階

花巻空港ターミナルビル1階売店hana

でも、お求めいただけます。

ブランデンブルクの森のクッキーもあります。

また、市との企画展で、新しい出会いがあり、光太郎の書などを拝見する事ができ、そして高校生の光太郎ファンに出会えたのも新しい嬉しい事でした。

太田地区振興会の取り組みで、

「光太郎はなぜ花巻に来たか?」の2回の講演にも携わる事が出来ました。

宮沢賢治の実家との繋がりに焦点を当てて多くの人に聞いていただき嬉しい事でした。


話は前後します

道の駅の光太郎コーナーで1番人気はこの絵葉書です。

山荘の近くの四季の写真とイラストは1年通して多くの人に手に取ってもらっています。ありがとうございます。

これからも皆さんの期待に応えれるようそれなりに頑張って行きたいと思います♪

商品のご注文、ご要望.の方は下記のメールまでお気軽にご連絡下さい。

又、光太郎の岩手での足跡などをご存知の方なども是非下記までご連絡下さい。

kotarocafe30@gmail.com

やつかのもり合同会社

本年もよろしくお願い申し上げます。

2023年12月24日日曜日

冬の覚悟


いつも当ブログを訪問してくださりありがとうございます。

こちらは朝マイナスの気温が続いてます。

12月には珍しく低温が続きます。雪は降ったのですが例年より多くありません。田んぼなどを写すと真っ白ですが大して積もってなく、道路にもありません。

光太郎は11月に本格的に山小屋に住み始めます。昔の家は障子やガラス戸とか珍しくなかった様ですが、光太郎が住んだ山小屋は山裾なので市内よりは雪も多く風も強く寒さも1,2度違います。です。ここに入る前、周りの人に雪が4尺以上とか零下20度の土地と言われ少し脅かされていた感じもなくはありませんね。どんな覚悟でこの山小屋に向かったことでしょう。冬囲いも随分考えた様です。しかしこの物のない時代です。苦労なさったことでしょうね。

(我が家の絵になるすみれ、早く雪が降り外に置けなくなってしまいました、光太郎もすみれを窓に飾っていましたので)
 周りの人も色々援助はするのですが、当時、市内に来るのもかなりの距離を歩かなければならない所、光太郎が望んだ所なのでしょうが、冬になりかけた時期、一番寒さが、みに染みます。それでも友人への手紙ではいつも前向きです。
春になったら色々な作物を作るし、冬の間はうさぎや鳥が居るのでタンパク質は大丈夫とか。そして何より10年かけてここに文化の村を作るとの意気込み。60歳過ぎての目標とは思えません。こういう前向きな励ましが当時の若者に大きな応援歌になったようです。
この山口地区にも大きな文化の発展をもたらしたことでしょう。


今年最後の光太郎ランチ。ミレットキッチン花さんに作っていただきました。
物価が高騰している時に色々工夫されていることでしょう。

私達の箸袋セットのメニュー表も頑張りました!
メリークリスマス

2023年11月29日水曜日

心を込めて

今日は雪です。

温泉に行きましたらこんなに積もってました。ずっと降っていますから明日までにかなり積もるのではないかと。

昨日ワンデイシェフで老体は疲れましたので温泉で癒してきました。

光太郎にとって11月12月は1番ハードな時期だったようで、21年の11月12月は日記が存在しません。書簡を調べると、出版社や新聞社の人が沢山訪問し、また遠方から友人の訪問があり、光太郎は人気者だったのですね。戦後出版物は灰になったものが多く書物を出版するために光太郎の元を訪問する人は多かったようです。ネットのない時代、足で行き確かめるしか方法がなかったのですね。

戦後の日本は作品の権利が作り手の方の居住地がわからずごちゃごちゃになったことが多かったそうです。光太郎は相手に(光太郎の作品を出版したい人に)気を付けるべきことをきちんと書いています。そんなこんなが光太郎を忙しくさせたのでしょう。心を込めて作る作品はどれも大事で光太郎の書簡を読むと相手に媚びず毅然とした態度に心打たれます。

昭和22年11月28日

日は照りながら雪がちらほらする。うすく積もっている。昼は分教場に行かず2時ごろゆく。郵便物受け取り、略 中々寒し。毛布をかぶって歩く。

凄く寒そうですね。

とあり、いつもこの時期はしっかり冬支度を終えなければならなかったのでしょう。

さて、11月28日、今年最後のワンデイシェフ大食堂の光太郎カフェ、
クリスマスバージョンです。今回も心を込めて作りました。
光太郎の大好きな新米、もちろん花巻産
暮れになると頂く鮭、大きい鮭を入手出来ました。
光太郎お得意の具だくさんのスープ。お豆も沢山入っています。ケチャップ味も光太郎ならではですね。
そして大事なシュークルート。沢山パターンはありますが、キャベツは勿論、シソの実、セロリは欠かせません。
カボチャのキッシュ、玉子が入手できるようになると光太郎は沢山買っています。
そんなところからのヒントです。
野菜畑のローストチキンテリーヌ、おみごと!とお客様の感想です。ありがとうございます。綺麗なお料理でした。野菜を自分で作っていた光太郎に是非見せたい1品です。


デザートはコーヒーと焼きリンゴのアイスクリーム添え
リンゴは勿論太田産
スタッフを除いても40人以上の用意です。
サンタの帽子をかぶっての奮闘でした( ´艸`)

お客様にもたくさん来ていただき、どれもきれいでおいしいと大盛況でした。
大変励みになります。ありがとうございます。




 

2023年11月23日木曜日

皆さんの活動に支えられて

いつも当ブログを訪問してくださり有難うございます。

個人的に留守をしたものですから、更にブログに間が空いてしまいました。お詫び申し上げます。

さて、太田地区振興会が主催した「光太郎はなぜ花巻に来たか」のイベントを県立花巻南高校の文芸部の方が聞きに来てくださって、

「光太郎に会った方に是非お話をお聞きしたい」というご要望があり、光太郎が名付けて活動をした賢治子供の会の会員だった、熊谷さんという方にお願いし、学校に行ってきました。

文芸部の部員が大変少ないのですが、大変立派な活動をなさっており、私、個人的に卒業生としましては感激致しました。

この学校は花巻高等女学校から花巻南高校になり、女子校でしたが、場所を少し郊外に移転した時に共学になりました。女学校時代宮沢賢治の妹トシが卒業し、かつ教鞭をとった学校です。大変優秀な方だったそうです。トシの最期の様子を詠った「永訣の朝は」有名ですよね。賢治の良き理解者だったそうです。

立派な文芸部誌をいただいてきました。
きちんと読みたいと思います。
光太郎とどんな事で関わって、またどんな詩が好きか、と言われて、自分が記念館に勤めて知った光太郎の姿と、昔は光太郎が若い時の詩に興味があったが、晩年の花巻に住んだ頃の詩を改めて読むとここの景色が自然に浮かぶ事と、朗読で詩は大きく印象が変わる事などを先輩なので出しゃばってお話してきました。
熊谷さんにはご自分が小さい時何度か賢治子供の会で光太郎に劇を見ていただいた時の印象を思い出深くお話していただきました。現在でも朗読などのボランティア活動をなさっているそうです。
若い方々との貴重な時間を作って下さった、南高校の菊池先生に感謝申し上げます。

こちらは、個人的にある方からお借りした、「ミューズの花びら」という記念誌に載っていた光太郎の写真です。
美校に学んだ方たちの回想記念誌です。光太郎の祝辞や、講演も載っています。

こちらは昨日花巻の博物館で見てきました「かがくいひろしの世界展」の絵です。
特別支援学校の教師だった加岳井さん、素敵な世界でした。
よだかの星の絵もありました。
撮影可能なのですが、ガラスに反射して自分が写るのです。可愛い場面を映したつもり。成功したかな?

光太郎ランチ、ミレットキッチン花さんに今回も素敵なお弁当を作っていただきました。


ちょっと遠いですが、箸入れとメニュー表、やつかのもりLLC、花を添えました。

 

2023年11月2日木曜日

宮沢賢治⇒高村光太郎⇒吉田幾世

いつも当ブログを訪問して下さりありがとうございます

ブログがすっかりお休み状態になり色々情報がたまってしまいました。

まず、11月1日の宮沢賢治イーハトーブ館で行われた

「続光太郎はなぜ花巻に来たか?」の講演会の様子から、イーハトーブ館は賢治記念館の下の方にあります。200名ぐらいの収容数があるホールがありそこで催されました。


今回は第1部、地元太田山口地区の光太郎を知る方々と、小山弘明氏と宮沢和樹氏を交えて当時の光太郎の様子と、光太郎と宮沢家のかかわりなどを中心にお話していただきました。

山口では小学校に光太郎がよく来ていた事、子供達には優しく親切だった事、

水をもらいに行ってもすぐくれた事などをお話してくれました。

山口小学校は、光太郎が亡くなってから毎週ごみ拾いをしていたそうです。山口地区の方たちも山荘周辺の整備にはいつも沢山の方たちが労力を惜しまず協力していただきました。

今の記念館や山荘がきれいに残っているのは地元の方々の70年以上の奉仕のたまものですね。

次の2部には、光太郎と交流があった阿部家のご子息で花巻農業高校で教鞭を取られていた阿部さん

高校生の時文芸部の部員として光太郎に会いに来たという菊池さん、

地域おこし協力隊の方、光太郎のファンで光太郎の文を英訳して観光に貢献した森川さん3名がそれぞれ光太郎と関わった様子をお話してくださいました。

光太郎が花巻に来て、リンゴの美味しさにびっくりし、リンゴが大好物になります。そんな様子などや、高校生の菊池さんは当時の山荘の様子や光太郎の言葉を、また森川さんは光太郎が興味を持った温泉の様子を、今の温泉の様子のようにお話してくださいました

実はこの講演、太田地区振興会で開催しております。

今度は続続編を是非花巻市で開催していただきたいですね。私達やつかのもりLLCも受付やその前の準備のチラシや垂れ幕などに協力いたしました。

クッキーや切手シートのプレゼントもありました。


宮沢和樹氏が資料として宮沢賢治が高校、今の岩手大学に頼まれて作りかけた詩を提供して下さいました。これは賢治が未完成のままだったものを弟の清六氏が光太郎と一緒に完成させた作品なそうです。
これは賢治の作品ではないという事で全集には載っておらず、岩波文庫の方に掲載されているそうです。
光太郎は戦犯にこそなりませんでしたが、戦時中沢山の詩を書きそれを支えに若者が戦地に赴いたことに大変な責任を感じていましたが自分のように迷わず新しい世界を作ってほしいという願いが込められているような気がします。

さて、そして本日、私たちが企画に携わった、「光太郎と吉田幾世」の企画展の特別講座があり、久しぶりに記念館に来ました。

すっかり秋です。ここから山荘を見ると光太郎が住んでいるような雰囲気です。

今日は小山先生の講演です。

吉田さんが自由学園の卒業生であって現在も現存する雑誌「婦人之友」の記者もしており、そして「婦人之友」に光太郎は約100年前から投稿していた。という縁もありました。

そして奥さんの智恵子夫人も投稿しておりエプロンの型紙などもありました。興味深いですね。

光太郎が1年通じて記事を載せたりする出版社はなかったそうで、光太郎にとって特別な出版社であったとのことです。

また、吉田さんが光太郎の体を心配し、栄養の摂れる食品を持ち、山口に何度も訪れます。

そのうち生徒を連れて訪問し、お土産にサンドウィッチを作ったり、座布団に山野草の花を刺繡して差し上げ、光太郎もまた卒業式に参加したりホームスパンの先生を紹介したりと深い交流があったようです。

企画展では、光太郎が吉田さんに送った書などが展示されています。
智恵子抄の一部分の言葉を贈っているのは大変珍しいと、小山先生のお話でした。
又、光太郎の作品が掲載された「婦人之友」、その号を盛岡スコーレ高等学校が保管していたものを展示しています。70年以上も前の本ですね。

現在の生徒が作っている作品やホームスパンが出来るまでの様子などを展示しています。
是非是非足をお運びください。
 

2023年10月19日木曜日

美味しい秋

いつも当ブログを訪問してくださりありがとうございます。
あの夏の暑さが嘘のようになりあっという間に涼しい秋になりました。最近は涼しさを通り越して、肌寒くなりました。
深緑わかくさの会の方々が私達の代表新渕を指名してくださり、まなび学園で出前講座をする事になりました
花巻市ではこういう出前講座というのが沢山種類があります。
10人以上のグループで市にそれぞれ得意なことを登録している人を指名して出前講座を受ける事が出来ます。
高村光太郎のハイカラ料理を知ろう、というテーマで講演させていただきました。
写真にはないのですが、新渕が記念館に長く従事した高橋愛子さんから聞いたエピソードを皆さんにお話ししその後続編として、私達スタッフが寸劇をしたわけです。

光太郎の山暮らしが分かりやすいように、劇の中ではみんな役になりきっています。
村のお母さんになってお餅やそば粉を光太郎に届けたり、分教場の先生になって郵便物や荷物を届ける役をしたり

カボチャの場面は光太郎が村人が売りに来たのを全部買って並べていた、というエピソードも入れて、来年からを植えたらどうですかと言われ次の年から上手にカボチャを使った話とかを熱演してもらいました。

遠くから光太郎に会いに来た人に、訪問客で忙しい光太郎の身を案じた分教場の先生に通せんぼされたり、丁度今、高村光太郎記念館で企画展をしている吉田幾代さんに扮してエピソードを熱演してもらいました。


練習期間も短かったのですが、何とか役になりきって無事講座を終える事が出来ました。


皆さん真剣に聞いてくださり、また私達のドタバタ劇を喜んで下さりホッとしました。


食事はTom(トムクレープ&デリ)さんが今回も私達の食材を入れて素晴らしいお弁当を作ってくれました。スタッフのお家のリンゴもサービスです。
これにカフェドシトロンが加わり、楽しい豪華な昼食会になりました。


こちらは毎月15日のこうたろうランチです。


今回はタコや松茸も付きましたよ。光太郎も大好きな食材ですね。肉が主役のガッツリの食事ではありませんがそれぞれの食材を生かしたどれも満足なメニューでした。
忙しく、美味しい1週間でした。

2023年10月7日土曜日

秋の企画展始まりました

いつも当ブログを訪問してくださりありがとうございます。

10月5日から花巻の高村光太郎記念館に於いて

「光太郎と吉田幾世」の企画展が始まりました。

何度か予告はしましたが、今回光太郎が現在の盛岡スコーレ高校に残したものの1つにホームスパンがあります。

現在は選択授業のようですが、なかなか普通の高校には揃えられない機械や用具があり、学校の中でも展示に目が行きました。

その中の一つをお借りして展示しています。

勿論光太郎の書もあり、今まで見る事がなかったものも新しく展示しています。

 光太郎と吉田幾世さんをつないだ婦人の友社の雑誌「婦人の友」作品の載ってある号が学校にありました。それも今回は展示する事ができました。光太郎の持っていたものは村のお世話になった方に引っ越す時にさしあげたのですが、その家が火災にあい無くなってしまったとのことでしたので、ここにも吉田幾世さんの心が伝わります。

11月2日には記念講座もあります。是非お出かけください

2023年9月29日金曜日

秋本番です


いつも当ブログを訪問して下さりありがとうございます。こちらも猛暑がやっと終わり涼しく食べ物も美味しい季節になりました。

稲刈りのシーズンに突入し、更新出来ず申し訳ありません。

 さて、いよいよ10月5日から高村光太郎記念館に於いて企画展が始まります。

講座は11月2日10時から高村光太郎記念館にて小山弘明氏が講演の予定です。

申し込みが必要ですので花巻市の生涯学習課か高村光太郎記念館どちらかにお問い合わせ下さい。


チラシも出来ました♪

花巻西南道の駅にも置く予定ですからお近くまでいらしたらインホメーションコーナーにもお立ち寄りください。



15日の9月の光太郎ランチです。箸袋は萩です。萩のエピソードも付けましたよ。

ランチはいつものミレットキッチン花さん達です。美味しくいただきました。

インスタの方は

やつかのもり、又はこうたろう散歩道で検索していただくと出ます。

こちらのQRコードからもどうぞ


2023年9月15日金曜日

9月のワンデイシェフと秋の企画展

いつも当ブログを訪問してくださりありがとうございます。
今年は暑くて北東北の岩手もなかなか秋の気候になりません。
先日お客様を迎えに光太郎記念館に行きましたら、駐車場の近くの栗の木に今にも弾けそうな実がありました。光太郎の大好きな季節がやって来ました。
この食事は先日私達やつかのもりllcが「ワンディシェフ大食堂」で作ったランチです。
9月は光太郎の好きな栗を使って栗ご飯。
デザートには栗の渋皮煮も、大奮発しました。
お吸い物には舞茸、この地方で夏よく食べる夕顔の煮物、アンチョビサンドも忘れずに。光太郎が毎回畑で作って最後まで食べたトマトを私たちはセミドライトマトにして添えました。

お茶が大好きだった光太郎ですから夏も勿論お抹茶もお煎茶、紅茶、なんでも飲んでいますが、ミントを入れてモロッコ風緑茶を冷やして提供しました。
これが結構好評でした。最後みんなで食事をした時美味しいのですが少ししか残っておらず残念でした。暑かったのでとても美味しく飲みました。
10月5日から企画展で「光太郎と吉田幾世」が始まります。
ちょっとしたPRで食事と一緒に並べてみました。
今年は暑いのですが光太郎がここに住んだ時はどんな感じだったのでしょう。
企画展の吉田幾世さんは盛岡の現「盛岡スコーレ高等学校」の創始者です
吉田さんは東京の自由学園に学び、光太郎が時々作品を載せている「婦人の友社」に入社します。のちに盛岡に戻り疎開した光太郎の生活を見てくる様に婦人の友社に頼まれます。
吉田さんは盛岡から半日近い時間をかけて山荘の光太郎にに会いに行きます。光太郎が不自由な思いで暮らしていないか何度も山荘に食糧運び、交流し婦人之友社の依頼の作品を書いてもらいました。作品が雑誌に掲載されたことで当時簡に行けなかった光太郎の山での暮らしを雑誌を通じて読者が知ることが出来ました。
吉田さんは自分の学校の生徒を連れてみんなで作った作品や食事を持って山荘を訪れます。
また光太郎は吉田さんの学校を訪問しこれからの学園の指針のアドバイスをし、現在も光太郎の教えがこの学校に残っています。
そんな事を下地に企画展の準備を進めています。
是非、こちらにも足をお運びください。近くなったらまた詳しくご案内したいと思います。