2025年2月8日土曜日

冬の朝のめざめ


 いつも当ブログを訪問して下さりありがとうございます。

光太郎大好きの方がミニカレンダーを作り、素敵なので作ってもらいました。

今月は、「冬の朝のめざめ」という詩です。

少し長いですが鑑賞したいと思います。

  「冬の朝なれば」

冬の朝なれば

ヨルダンの川も薄く氷りたる可し

われは白き毛布に包まれて我が寝部屋の内にあり

基督に洗礼を施すヨハネの心を

ヨハネの首を抱きたるサロオメの心を

我はわがこころの中に求めむとす

冬の朝なれば街(ちまた)より

つつましくからころと下駄の音も響くなり

大きなる自然こそは我が全身の所有なれ

しづかに運る天行のごとく

われも歩む可し

するどきモツカの香りは

よみがへりたる精霊の如く眼をみはり

いづこよりか室の内にしのび入る

われは此の時

むしろ数理学者の冷静をもて

世人の形くる社会の波動にあやしき因律のめぐるを知る

起きよわが愛人よ

冬の朝なれば

郊外の家にも鴨は夙に来鳴く可し

わが愛人は今くろき眼を開きたらむ

をさな児のごとく手を伸ばし

朝の光を喜び

小鳥の声を笑ふならむ

かく思ふとき

我は堪えがたき力の為めに動かされ

白き毛布を打ちて

愛の頌歌(ほめうた)をうたふなり

冬の朝なれば

こころをいそいそと励み

また高くさけび

清らかにしてつよき生活をおもふ

青き琥珀の空に

見えざる金粉ぞただよふなる

ポインタアの吠ゆる声とほく来れば

ものを求むる我が習癖はふるひ立

たちまちに又わが愛人を恋ふるなり

冬の朝なれば

ヨルダンの川に氷を嚙まむ


大正元年11月30日作

大正2年1月「抒情詩」に発表された

筑摩書房 高村光太郎全集より

明治42年27歳にヨーロッパから留学を終えて帰国するわけですから大正元年は30歳です。




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