こんにちは
高村光太郎記念館です
今年は暖冬で、ここも例にもれず、雪が極端に少ない日々が続いています。
それでも気温は朝晩低いのですから、光太郎の過ごした日々は感じ取ることが出来ます
今日は、昭和25年の2月に発表された「典型」という詩を御紹介したいと思います。
典型
今日も愚直な雪がふり、
小屋はつんぼのやうに黙り込む。
小屋にゐるのは一つの典型
一つの愚劣の典型だ。
三代を貫く特殊国の
特殊の倫理に鍛へられて、
内に反逆の鷲の翼を抱きながら
いたましい強引の爪をといで、
みづから風切の自力をへし折り、
六十年の鉄の網に蓋(オホ)はれて、
端坐粛服、(タンザユクフク)
まことをつくして唯一つの倫理に生きた
降りやまぬ
雪のやうに愚直な生きもの。
今放たれて翼を伸ばし、
かなしいおのれの真実を見て、
三列の羽さへ失ひ、
眼に暗緑の盲点をちらつかせ、
四方の壁の崩れた廃墟に
それでも静かに息をして
ただ前方の広漠に向ふといふ
さういふ一つの愚劣の典型。
典型を容れる山の小屋、
小屋を埋める愚劣な雪、
雪はふらねばならぬやうに降り、
一切をかぶせて降りにふる。
詩集「典型」の序に光太郎が次のように書いてあります
一部抜粋します。
ここに来てから、私は専ら自己の感情の整理に努め、又自己そのもの正体の形成素因を窮明しようとして、もう一度自分の生涯の精神史を或る一面の致命点摘発によって追求した。この特殊国の特殊な雰囲気の中にあって、いかに自己が埋没され、いかに自己の魂がへし折られてゐたかを見た。そして私の愚鈍な、あいまいな、運命的歩みに、一つの愚劣な典型を見るに至って魂の戦慄をおぼえずにゐられなかった。
戦争、敗戦、疎開と世の中の動きに従うしかなかった光太郎の苦しい心が現れているようで切ないですね。
典型を容れる山の小屋、現在も同じ場所に保存されています。